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神戸地方裁判所 昭和46年(ワ)622号 判決

原告

植田美佐子

ほか三名

被告

松本木材こと松本梅一

ほか三名

主文

一  被告分銅敬親は、

(一)  原告植田美佐子に対し、金六、四〇一、五〇四円及び内金五、八〇一、五〇四円に対する昭和四六年六月二六日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員

(二)  原告植田保弘、同岡村育子、同植田道雄に対し、各金三、三六七、六七〇円及び内金三、〇六七、六七〇円に対する昭和四六年六月二六日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員の各支払いをせよ。

二  原告らの被告分銅敬親に対するその余の請求並びに同松本梅一、同玉田明、同宏和木材株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告分銅敬親との間においては、これを二分し、その一を原告らの、その余を同被告の各負担とし、原告らと被告松本梅一、同玉田明、同宏和木材株式会社との間においては全部原告らの負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

(略称) 以下、原告植田美佐子を「原告美佐子」と、同植田保弘を「原告保弘」と、同岡村育子を「原告育子」と、同植田道雄を「原告道雄」と、被告松本木材こと松本梅一を「被告松本」と、同玉田明を「被告玉田」と、同宏和木材株式会社を「被告会社」と、同分銅敬親を「被告分銅」とそれぞれ略称する。

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告らは、各自、原告美佐子に対し、一一、五三六、三〇九円及び内一〇、七三六、三〇九円に対する昭和四六年六月二六日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員、原告保弘、同育子、同道雄に対し、それぞれ六、七二四、二〇六円及び内六、三二四、二〇六円に対する昭和四六年六月二六日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員の各支払いをせよ。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言。

二  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二原告らの請求原因

一  事故の発生

訴外植田藤吾(以下、亡藤吾という。)は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  日時 昭和四五年一〇月一八日午前一時三〇分

(二)  場所 神戸市生田区楠町三丁目一一番地先大倉山交差点南側横断歩道上

(三)  加害車とその運転者 自家用小型乗用車(登録番号神戸五ほ四四二六号)、被告分銅

(四)  被害者 亡藤吾(歩行中)

(五)  態様

亡藤吾が横断歩道を青色信号に従い東から西へ横断中、北から南へ進行してきた加害車に衝突され、頭蓋骨骨折、脳挫滅、左下腿開放性骨折、顔面打撲挫創、右下腿挫創、右上腰挫創、右肩擦過傷、左大腿打僕傷の傷害を受け、翌一〇月一九日午後一時一五分頃春日外科病院において死亡した。

二  責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告松本は、神戸市兵庫区塚本通六丁目一一番地に本造瓦葺二階建店舗を所有し、被告玉田とともに、その一階を松本木材なる屋号で、またその二階を被告会社なる商号で建築用材の卸小売業を営み、被告分銅は右営業に雇傭されていたところ、加害車は右事業のために運行の用に供され、かつ本件事故は被告分銅が右事業の執行中に惹起せしめたものであるから、被告松本、同玉田及び被告会社は自賠法三条及び民法七一五条一項の責任を負う。さらに右事業の人的物的経営規模は小さく、いまだ個人事業の域を出ないから、右被告らは民法七一五条二項の責任も免れない。

(二)  被告分銅は、右事故発生につき、前方注視義務違反、制動操作不適切、飲酒運転の過失があるから、民法七〇九条の責任を負う。

三  損害

(一)  葬儀費

原告美佐子は、亡藤吾の事故死に伴ない、葬儀費として七七一、五二〇円の出捐を余儀なくされたが、本訴においては三〇〇、〇〇〇円を請求する。

(二)  被害者に生じた損害

1 亡藤吾が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり三〇、三五八、九三一円と算定される。

(死亡時の年令) 五二歳一一箇月

(稼働可能年数) 一〇年

(収益) 年間四、一八三、五四三円

亡藤吾は、事故当時、単独でアクセサリー店「京屋」(神戸市生田区北長狭通一丁目三二番地所在)を、また妻と共同でお座敷サロン「喜保」(神戸市兵庫区福原町四一番地の一所在)を営んでいたところ、右「喜保」における妻の寄与分は二分の一であるから、右二店舗の年間純益は次のとおりとなり、亡藤吾の年間収益は合計で四、一八三、五四三円となる。

(ア) 「京屋」について

売上金額 一二、八一五、五七〇円

売上原価 八、一九五、七九〇円

経費 二、一九六、七一八円

純益 二、四二三、〇六二円

(イ) 「喜保」について

売上金額 一一、〇四五、八五〇円

売上原価 二、四〇二、五八五円

経費 四、八〇二、三〇三円

専従者給与 三二〇、〇〇〇円

純益 三、五二〇、九六二円

妻の寄与分 一、七六〇、四八一円

(控除すべき生活費) 年間三六〇、〇〇〇円

(毎年の純収益) 三、八二三、五四三円

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。

2 原告美佐子は亡藤吾の妻、同保弘、同育子、同道雄は同人の子であつて、右原告らは亡藤吾の相続人の全部であるから、それぞれ法定相続分に応じ同人の賠償請求権を相続した。その額は、原告美佐子が前記1の金額の三分の一に相当する一〇、一一九、六四三円、同保弘、同育子、同道雄がそれぞれ右金額の九分の二に相当する六、七四六、四二八円である。

(三)  慰藉料

原告らは、本件事故で一家の支柱を失ない、耐え難い精神的苦痛を被つた。その精神的損害を慰藉するためには、原告美佐子に対し二、〇〇〇、〇〇〇円、同保弘、同育子、同道雄に対しそれぞれ七〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  損害の填補

原告美佐子は、被告分銅から五〇、〇〇〇円の支払いを受け、原告らは、自賠責保険金五、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを受けた。右保険金については、原告美佐子において一、六三三、三三四円を、同保弘、同育子、同道雄において各一、一二二、二二二円をそれぞれ前記損害に充当した。

(五)  弁護士費用

原告らは、被告らが原告らの右損害の支払いをしないため原告訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起するのやむなきに至り、弁護士費用として原告美佐子において八〇〇、〇〇〇円、同保弘、同育子、同道雄においてそれぞれ四〇〇、〇〇〇円支払う約束をした。

四  よつて、被告ら各自に対し、原告美佐子は一一、五三六、三〇九円及びこれから弁護士費用を除いた一〇、七三六、三〇九円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年六月二六日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、同保弘、同育子、同道雄はそれぞれ六、七二四、二〇六円及びこれから弁護士費用を除いた六、三二四、二〇六円に対する本件訴状送達の翌日である右同日以降右各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

第三被告らの答弁及び抗弁

一  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因一のうち、(一)ないし(四)の各事実は認める。同(五)の事実中、亡藤吾が横断歩道を東から西へ横断中北から南へ進行してきた加害車に衝突され、春日外科病院に入院中死亡したことは認めるが、亡藤吾が青信号に従つて横断歩行中であつたとの点は争い、衝突による受傷の部位は知らない。

(二)  同二の(一)の事実中、被告松本が原告ら主張の建物を所有し、その主張のような営業を営んでいたこと、右事業が個人事業であることは認めるが、その余は否認する。被告分銅は、被告会社に雇用されていたものである。同(二)の事実は否認する。

(三)  同三の各事実中、原告らと亡藤吾との身分関係並びに相続の事実、原告美佐子が被告分銅からその主張する金員を、また原告らがその主張する自賠責保険金をそれぞれ受領したこと、原告らが原告訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起したことは認めるが、その余は争う。

二  過失相殺の抗弁

仮に、被告らが賠償責任を免れないとしても、亡藤吾には次のとおりの過失があるから、賠償額算定に当つては右過失が斟酌されるべきである。すなわち亡藤吾は、事故当時、全く視力がなく、従つて、道交法一四条一項により白色に塗つたつえを携えていなければならないところ、右規定に違反してつえを携えずに横断歩行をしていたものである。そうして被告分銅も同人が通常人であると認識し、既に横断歩道の中央附近まで歩行していた同人がそのまま横断歩道を青色信号に従つて急いで渡り切るものと思い、同人の後方を直進通過しようとしたところ、その予期に反し、突然後方にバツクしてきたため、同人との衝突を回避できず右事故が発生したものである。

第四抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実は争う。

第五証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一の(一)ないし(四)の各事実並びに亡藤吾が横断歩道を東から西へ横断中、北から南へ進行してきた加害車に衝突されたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、亡藤吾は右衝突により原告ら主張のような傷害を受け、その主張する日時に春日外科病院において死亡したこと(死亡の点は当事者間に争いない。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  責任原因

(一)  被告松本、同玉田及び被告会社の責任について

〔証拠略〕によれば、

(1)  被告松本は、神戸市兵庫区塚本通六丁目一一番地に道路一つ挾んで木造瓦葺二階建の二つの店舗を所有し(この点は当事者間に争いない。)、その南側店舗において松本木材なる屋号により、主として家具材の加工・販売業を営み、従業員五、六名を雇い、トラツク二台、ライトバン、オートバイ、普通乗用車各一台を使用していた。

(2)  被告玉田は、かねて被告松本から前記北側店舗を借り受け、上松木材店なる屋号で建築用一般材の卸小売業を営んできたところ、対外的な取引信用を高めるため個人営業を会社組織に改組することとし、昭和四〇年一月に被告会社を設立し、半額出資をした被告松本を名目的に代表取締役に据えたが、同被告は被告会社の経営には全く関知せず、取締役の被告玉田において一切采配を振つた。被告会社は、従業員七名を使用し、前記松本木材と同数の自動車を保有していたが、右松本木材とは仕入関係で一割程度の取引があるのみで、事務所、材木置場は分かれおり、従業員や自動車の相互融通をすることもなかつた。

(3)  本件の加害車は、もと被告玉田の所有であつたところ、車庫証明をとるために被告会社の車庫を利用し、被告会社の名義を借りて登録されており、被告玉田がセールス等被告会社の仕事のためにもこれを使用することがあつたため、税金、維持費は被告会社で負担していた。しかしその後被告玉田がこの加害車を買い換えるため東神戸トヨタのセールスマンにその下取りあつせんを依頼していたところ、本件事故発生の約二箇月前である昭和四五年八月頃被告分銅がその買受けを被告玉田に申し出たため、その頃代金四四〇、〇〇〇円で被告分銅に売却することを約し、同被告において頭金三〇〇、〇〇〇円(同被告が従前使用していた自家用車の売却代金三〇〇、〇〇〇円をこれに充てた)を支払うのと引換えに引渡しを受け、残金はその後月一、二万円の割賦で支払いを了したが、事故当時も登録名義人は被告会社となつていた。ところで、被告分銅は、昭和四二年八月に被告会社に入社し、仕入れ運搬の業務に従事していたのであるが、右業務のためには専ら被告会社の前記トラツクを使用し、自家用の加害車をこの目的のために使うことはなく、加害車は通勤と私用のためにのみ利用していたところ、後記のとおり本件事故も私用で運転していた際の事故であつた。そして右加害車には被告会社の社名は表示されておらず、また一切の維持費用は被告分銅において負担していた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そこで右認定の事実に基づいて被告松本、同玉田及び被告会社の責任の成否を検討する。

まず、原告らが右被告らそれぞれについて主張している民法七一五条一項及び二項に基づく責任はいずれもこれを肯認し難いから、右主張は採用できない。けだし、被告松本は、被告会社の代表取締役であるが、被告分銅に対する使用者の地位にはなく、また使用者に代り現実に事業を監督する代理監督者の地位にもなかつたのであるから、被告松本については既に前記責任の主体たる要件に欠ける。これに反し、被告会社は被告分銅の使用者であり、被告玉田は右の代理監督者に該当するものと考えられる。そして本件事故が被告分銅の過失により発生せしめられたことは後記のとおりであるが、右事故が被告分銅において被告会社の業務執行中に発生せしめたことについては本件全証拠によつてもこれを認めるに足りず、かえつて右業務に関係なかつたこと前認定により明らかであるから、被告会社及び被告玉田については前記責任の前提を成す業務執行性の要件が欠けることに帰する。

次に、自賠法三条に基づく責任について考えるに、被告玉田はもと加害車の所有権を有していたのであるが、本件事故当時には既に右所有権は被告玉田より被告分銅に移転していたのであるから、たとい右当時被告分銅の被告玉田に対する割賦代金債務が残つていたとしても、加害車に対する運行支配は既に被告分銅に移転していたものと認めるのが相当である。被告松本については加害車の運行支配・運行利益を享受する地位になかつたことは明らかである。やや問題となるのは、加害車の登録名義人であつた被告会社についてであるが、右登録名義は車庫証明の関係で名義貸与がなされ、かつそれが被告分銅において買受けた後も残存していたにすぎないから、被告会社についても運行支配・運行利益の帰属を肯認すべき余地はない。

結局、被告松本、同玉田及び被告会社については、原告ら主張の不法行為責任も運行供用者責任も認められないので、右各被告に対する本訴請求は爾余の判断をまつまでもなく失当として棄却を免れない。

(二)  被告分銅の責任と被害者の過失について

被告分銅が自賠法三条本文に基づく責任を免れないことは上来の認定説示により明らかであるが、原告らは、同被告について民法七〇九条の責任を主張しているので、進んで右責任の成否を検討し、あわせて被告ら主張の過失相殺の抗弁についてもここで考察することとする。

〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は、三宮方面より長田方面へ通じる歩車道の区別のある幅員二四・〇メートルの東西道路と大倉山公園方面より神戸駅方面に通じ同じく歩車道の区別のある幅員一六・六メートルの南北道路との交差点(通称大倉山交差点)南側の横断歩道であることと、この附近の自動車の制限速度は四〇キロメートル毎時に規制されていること、右横断歩道は、幅員四メートル、長さ約二五メートルで、中央の旧市電軌道の部分を除く南行・北行各車道には縞状の道路標示が明瞭に施され、かつ東西道路の信号機と同時に作動する横断歩行者専用の信号機が設置されていたこと、被告分銅は、本件事故発生の前夜午後九時半頃から友人と二、三軒のスタンド等でウイスキー等の飲食をした後、右友人を神戸駅まで送るため、午前一時すぎ北長狭通二丁目の高架下駐車場より加害車の運転を始め、約六〇キロメートル毎時の速度で東西道路を西進して右交差点に至り、約四五キロメートル毎時に減速し対面青信号に従つて左折を始めたところ、右信号が黄色に変わつたため急いで右交差点を通過しようと考え、約五五キロメートル毎時に加速した直後、二五、六メートル前方に前記横断歩道を東より西へ横断中の亡藤吾と訴外川崎博子の二人の姿を認め、急拠ハンドルを左に切るとともに急制動をかけたが及ばず、加害車の右前部を亡藤吾に衝突させ、同人を道路左端まではね飛ばし本件事故が発生したこと、被告分銅は右交差点附近の道路状況に慣熟していたこと、亡藤吾は、眼が不自由であり、事故当時、右川崎とともに歩いて前記横断歩道に至り、右川崎において対面する歩行者専用信号機の青色を確認し、亡藤吾の右手を引いて二、三メートル先まで横断を始めたところ、前記のように加害車が接近し、「キユー」という急制動の音をたてたため、反射的に右川崎の手を振り離し一、二歩後退して前記事故に遭遇したものであること、被告分銅は、事故後一たんを現場に停車したが、事故の重大さに気づき急に恐しくなり、下車して亡藤吾を救護する等必要な措置を講ずることなくそのまま逃走したこと、以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告分銅は、本件交差点を左折した直後に横断歩道があり、その対面信号機と同時に作動する歩行者専用信号機の青色表示に従つて右横断歩道により道路の左側部分を横断し、又は横断しようとしている歩行者があることは予測できた筈であるから、右横断歩道の直前で一時停止し、かつ右歩行者の通行を妨げないようにすべき注意義務(昭和四六年法律第九八号による改正前の道交法三八条一項)があるにもかかわらず、これを怠り、漫然制限速度を超える速度で左折して右横断歩道の通過を図つた過失があることは明らかであるから、同被告は、民法七〇九条により右事故によつて原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

ところで、被告分銅は、亡藤吾は全く視力がなかつたのであるから道交法一四条一項によつて白色のつえを携えて歩行すべき義務があるのにこれを携えず、また横断歩道上を突然後方に引き返した点に亡藤吾の過失があるとし、これを前提とした過失相殺の抗弁を主張しているので検討する。〔証拠略〕によれば、亡藤吾の視力は零ではなく、一人で往来を歩行することも可能ではあるが、三メートル先位しか見えず、眼鏡によつても矯正不能であつたことが認められる。そこで右事実に基づき、仮に亡藤吾が右道交法一四条一項にいう「目が見えない者に準ずる者」に該当するとしても、前認定のような本件事故の熊様においては、亡藤吾が法所定のつえを携えずに横断歩行した点を捉えて過失相殺に供すべき被害者の過失と認めることは相当でない。なぜならば、道交法が目が見えない者(目が見えない者に準ずる者を含む。以下同じ)に白色に塗つたつえを携えて歩行すべき義務を課したのは、それによつて車両の運転者や他の歩行者が一見して明らかに目が見えない者であることを認識することができ、これに注意を払う結果、特に危険の度合いが高い目が見えない者の通行の安全が図られるからにほかならず、目が見えない者がたまたま右のようなつえを携えないで歩行していても、本件のように通常人たる歩行者と同様に横断歩道を信号機の表示に従つて横断歩行している場合には、通常人たる歩行者以上の危険性は客観的に認められず、従つてこれと同視して考えるのが相当だからである。また亡藤吾が加害車の接近に驚き同伴者の手を振り離して突然横断歩道を引き返した点については、非難の余地がないではないが、本件事故が横断歩道上の事故であること、黄色信号(前認定によれば、歩行者専用信号機の表示は、事故発生時には青色から黄色に変わつていたものと推認される。)の場合には、既に横断を始めている歩行者は横断をやめて引き返すこともできること(道交法施行令二条参照)を考慮し、被告分銅の前記過失と対比すれば、この点も過失相殺に供すべきものとは認め難い。従つて、前記過失相殺の抗弁は採用の限りではない。

三  損害

(一)  葬儀費

〔証拠略〕によれば、原告美佐子は、亡藤吾の事故死に伴い、葬儀費として約七七〇、〇〇〇円の支出をしたことが認められるが、本件事故と相当因果関係にある損害はそのうち三〇〇、〇〇〇円と認める。

(二)  被害者に生じた損害

1  亡藤吾の逸失利益

〔証拠略〕を総合すると、亡藤吾は、事故当時、神戸市生田区北長狭通一丁目三二番地一所在の借店舗でアクセサリー・ネクタイ等装飾具一般の販売店「京屋」を、また同市兵庫区福原町一番地一の自宅店舗で料理店(お座敷サロン)「喜保」を経営していたこと、「京屋」は、亡藤吾が一三年前に開店したものであるが、その仕入れ・販売、帳簿の記帳等の仕事は主として川崎博子に任せていたところ、その月平均売上げは一、〇〇〇、〇〇〇円ないし一、二〇〇、〇〇〇円、粗利益は売上げの二七パーセントないし二八パーセント、必要経費は右川崎の給与八〇、〇〇〇円、家賃三〇、〇〇〇円、電気代・電話代等一〇、〇〇〇円程度であること、「喜保」という名称の店舗は、亡藤吾の先代が戦前福原三〇軒筋で貸席営業をしていた店であるが、その後焼けたり、転業したりして昭和二九年一〇月頃現在の店舗に移り、昭和三三年三月以降前記料理店を始めたものであるところ、亡藤吾は営業の基本方針の決定・従業員(平均五名)の指導監督に当つていたが、眼が不自由なこともあり、仕入れ・料理・金銭管理・帳簿の記載等の主たる仕事は妻の原告美佐子がこれを行い、営業名義も同原告となつていたこと、「喜保」の月平均売上げは一、〇〇〇、〇〇〇円、売上原価は二〇〇、〇〇〇円、必要経費は従業員給与三〇〇、〇〇〇円のほか電気・ガス・水道代、設備費・装飾費等二〇〇、〇〇〇円程度であること、亡藤吾の家族としては、原告ら四名がいたが、原告保弘は既に独立し、同育子は嫁いでいたため、同美佐子、同道雄が同居しており、亡藤吾はその両親にも月五〇、〇〇〇円の生活費を援助していたこと、以上の各事業が認められる。この点に関し、〔証拠略〕によれば、昭和四四年所得税青色申告の所得金額は、「京屋」につき七七四、八五三円、「喜保」につき五七六、四四二円であることが認められるけれども、〔証拠略〕によれば、いずれも過少申告であることが認められるから、右申告所得金額は前認定の妨げとはならず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、事故当時において、「京屋」の月平均純収入は、月平均売上げを一、一〇〇、〇〇〇円、粗利益率を二七パーセント、必要経費を一二〇、〇〇〇円とすると、一七七、〇〇〇円となり、また「喜保」については、前認定から明らかなごとく月平均純収入は三〇〇、〇〇〇円であるところ、右認定によれば、妻の寄与分は六〇パーセントを下らないと推認されるから、亡藤吾の「喜保」に関する純収入は一二〇、〇〇〇円となる。そうすると、亡藤吾の死亡時の年間収入は三、五六四、〇〇〇円となるが、右認定によれば、生活費は収入の三分の一程度と推認されるから、年間純収入は二、三七六、〇〇〇円となる。

ところで、〔証拠略〕によれば、亡藤吾は死亡時に満五二歳一一箇月であり、健康な五三歳の男子の平均余命は二一・四〇年であるが、亡藤吾は昭和四四年八月に肝臓を悪くして一箇月間入院し、退院後も薬の服用を絶やさない状態であつたことが認められるから、亡藤吾は、本件事故に遭遇しなければ、控え目にみて満六一歳まで八年間にわたり前記年間純収入な挙げ得続けられたものというべきである。そこで、右八年間の純収入から年五分の割合による中間利益をホフマン複式(年別)計算によつて控除すると、事故時における亡藤吾の逸失利益は、

2,376,000円×6.5886=15,654,513円

一五、六五四、五一三円となる。

2  右逸失利益の相続

原告美佐子が亡藤吾の妻、同保弘、同育子、同道雄が同人の子であつて、右原告らが亡藤吾の相続人の全部であることは当事者間に争いがないから、前記亡藤吾の逸失利益の賠償請求権の三分の一に相当する五、二一八、一七一円を原告美佐子が相続し、九分の二に相当する三、四七八、七八〇円六七銭をその余の原告らがそれぞれ相続したものというべきである。

(三)  慰藉料

原告らは、前示のとおり、亡藤吾の妻と子であり、本件事故によつて原告らの被つた精神的損害は多大なものであつたと認めることができる。右原告らの被つた苦痛に対する慰藉料としては、本件事故の態様その他本件に顕れた諸般の事情を考慮して、原告美佐子について二、〇〇〇、〇〇〇円、その余の原告らについて各七〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  損害の填補

原告美佐子が被告分銅から五〇、〇〇〇円の支払いを受け、原告らが自賠責保険金五、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いない。そうして、右自賠責保険金については、相続分に応じて、原告美佐子が三分の一の一、六六六、六六六円六七銭、その余の原告らが各九分の二の一、一一一、一一一円一一銭を各自の損害に充当したものと認めるのが相当である。

(五)  弁護士費用

そうすると、被告分銅に対して賠償請求できる原告らの損害は、原告美佐子について五、八〇一、五〇四円(円未満四捨五入、以下同じ)、その余の原告について各三、〇六七、六七〇円となるところ、同被告が右損害金の任意支払いをしなかつたため、原告らが弁護士奥村孝外二名にその取立てを委任して本訴を提起したことは記録上明らかであり、〔証拠略〕によれば、原告らは右弁護士に対し、着手金二〇〇、〇〇〇円を支払い、第一審判決認容額の一〇パーセントに相当する報酬金の支払いを約したことが認められるところ、右事実に本件事案の内容、請求額、認容額、審理の経過等を参酌して考えると、被告分銅に負担させる弁護士費用は、原告美佐子について六〇〇、〇〇〇円、その余の原告らについて各三〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

四  むすび

以上判示のとおり、原告らの本訴請求は、被告分銅に対し、原告美佐子において六、四〇一、五〇四円及びこれから弁護士費用六〇〇、〇〇〇円を除いた五、八〇一、五〇四円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年六月二六日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告保弘、同育子、同道雄において各三、三六七、六七〇円及びこれから弁護士費用を除いた三、〇六七、六七〇円に対する前同日以降前同様の遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容すべきであるが、同被告に対するその余の請求並びに被告松本、同玉田及び被告会社に対する全部の請求はいずれも失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条本文を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

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